東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)78号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の特許請求の範囲)及び三(本件補正却下決定の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の本件補正却下決定の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証によれば、原明細書に記載された発明は、単位倍率で物体の像を作るための光学系に関し(第一頁末行ないし第二頁第一行)、コントラストが均一に高くかつ画劃のすべての部分に対し実質的コンスタントであり、系の整列が像形成に使用されるスペクトル領域とは独立である、良好な物面及び像面を有する、歪曲のない単位倍率の全反射光学系を得ることを目的とし(第二頁第一三行ないし第一八行)、特許請求の範囲記載の構成を採択したものであることが認められる。
本件補正却下決定は、補正明細書の発明の詳細な説明のうち該決定が摘示した部分は、凸面鏡と凹面鏡との間隔を変え得るものとする記載であり、この点は原明細書又は原図面に記載されておらず、かつ原明細書又は原図面の記載からみて自明のこととも認められないので、本件補正は明細書の要旨を変更したものと認めるとして本件補正を却下した。
そこで、まず原明細書及び原図面に記載された凸面鏡と凹面鏡との配置について検討すると、前掲甲第二号証によれば、原明細書の特許請求の範囲には、「その曲率中心が一点に合致する、少なくとも一つの凸面の球面鏡と少なくとも一つの凹面の球面鏡とを有し」と規定され、発明の詳細な説明には、凹面鏡と凸面鏡とが同心に保たれることに関して、次のとおり記載されていることが認められる。(A)「要するに、本発明の系は、その曲率中心が単一点で合致するように配置された凸面の球面鏡と凹面の球面鏡とを有する。」(第二頁第一九行ないし第三頁第一行)、(B)「第1図に関し、図示の実施例は凸面の球面鏡10、第一の凹面鏡11及び第二の凹面鏡12より成り、それらの曲率中心は点Pにおいて一致するように配置されている。」(第四頁第一〇行ないし第一三行)、(C)「第2図は、二つの球面鏡、即ち一つの凸面鏡20及び一つの凹面鏡21が、系内で三回の反射を生じるように配置されている本発明のすぐれた実施例を示す。これらの鏡はその曲率中心が点Pで一致し、かつ点O及びIを中心とする軸外共役区域を有するように配置されている。」(第五頁第五行ないし第一〇行)、(D)「本発明による単位倍率の結像のための同心の鏡系は走査法で使用すると、大きい像野にわたり低いf値において口径の制限された使用形を得ることができる。この目的のために、系は同心に保たれるが、凸面鏡の半径はペツツバルの和ゼロに対して要求される以上に増加させる。」(第六頁末行ないし第七頁第五行)、(E)「第6図及び第7図に示した実施例により説明したように、本発明による単位倍率の結像を作るための同心で凸面の球面鏡及び凹面鏡の種々の他の配置が可能である。第6図は、凸面鏡40と凹面鏡41とが点Pを中心に同軸かつ同心に、系内で合計五回の反射(凹面鏡41から三回、凸面鏡40から二回の反射)を利用するよう配置された配置を示す。」(第一二頁第五行ないし第一二行)。また、前掲甲第二号証によれば、原明細書の発明の詳細な説明には、凸面鏡の半径を増加させることに関して、次のとおり記載されていることが認められる。(F)「この目的のために、系は同心に保たれるが、凸面鏡の半径はペツツバルの和ゼロに対して要求される以上に増加される。これにより、上述した五次接線野曲率に対し反対符号の三次接線野曲率が生じる。第2図の系において、高さHにおいてスチグマチツク結像を得るのに必要な半径の変△Rcxは、ほぼ式:△Rcx=H2/4Rccによつて与えられ;従つてRcxはほぼ<省略>+H2/4Rccである。」(第七頁第三行ないし第一一行)、(G)「高さHでのスチグマチツク結像に必要な鏡20の凸面半径の増加は、高さHで軸に対して平行な光線に対する凹面鏡の縦の三次球面収差に等しい。」(第八頁第一二行ないし第一五行)、(H)「凹面鏡21の半径Rccが五〇〇mmであり、Hが84、34である第2図に示した系の特殊な例では、凸面鏡20の曲率半径は、この系におけるペツツバルの和ゼロに必要な値から三・五九二mmだけ増加する。しかし、上記式によつて計算された△Rcxの値は三・五五七mmであり、これが式の近似度を指示することに注意。」(第八頁末行ないし第九頁第六行)、(I)「凸面鏡(「凹面鏡」は「凸面鏡」の誤記と認める。)がほぼ半径<省略>+H2/4Rcc(式中Rccは凹面鏡の半径であり、Hは一点から物点までの距離である)を有し、これにより像点にスチグマチツク結像が得られることを特徴とする」(第一五頁第七行ないし第一二行)、(J)「凸面鏡の半径が凹面鏡の半径の<省略>+基準軸に対して平行で物点を通る光線に対する凹面鏡の縦の三次球面収差に等しい量に等しいことを特徴とする」(第一五頁第一三行ないし第一六行)。
以上認定の原明細書の記載事項によると、原明細書には、凹面鏡と凸面鏡の配置について、凹面鏡と凸面鏡とが同心であること、そして、(スチグマチツク結像を得るために)凹面鏡と凸面鏡とが同心であるという条件の下に凸面鏡の半径を一定値だけ増加させることが記載されていることが明らかである。原図面第2図によると、凸面鏡20と凹面鏡21との曲率中心は点Pで一致しており、凸面鏡の半径Rcxの計測基準点と凹面鏡の半径Rccの計測基準点が点Pとなつているから、原明細書の前記記載は系が同心に保たれることを条件としていることが明らかである。そして、前掲甲第二号証によれば、原明細書及び原図面には、凹面鏡と凸面鏡とが同心に保たれることは必要としない旨の記載又はそのことを示唆する記載は全く存しないことが認められるから、原明細書には、本願発明において、凹面鏡と凸面鏡とは、凸面鏡の半径が<省略>である場合(凹面鏡と凸面鏡は同心であるので、この場合の両者の間隔Lは、Rcc-<省略>=<省略>となる。)と凸面鏡の半径を一定値だけ増加させる場合も含めて、同心であることを構成要件とすることが記載されているというべきである。
次に、補正明細書に記載された凸面鏡と凹面鏡の配置について検討すると、成立に争いのない甲第三号証によれば、補正明細書の特許請求の範囲には、「基準軸を中心に回転対称に凹面鏡部材と凸面鏡部材を有し、凹面鏡部材と凸面鏡部材とは、系を通る光線が凹面鏡部材及び凸面鏡部材から交互に反射し、凸面鏡部材から一回の反射、凹面鏡部材から二回の反射を行なうよう配置されており、(中略)凸面鏡部材は凹面鏡部材よりも小さい曲率半径を有しかつ該凹面鏡部材に向かい合つて、凸面鏡部材に基準軸においてあたりかつ凹面鏡部材と物体位置もしくは像位置との間の空間内で基準軸に対して平行である光線が像野及び物体野を通るような位置に配置されていて」と規定され、発明の詳細な説明には、実施例として、本件補正却下決定が摘示した記載、すなわち、(イ)「本発明の有利な実施態様においては、凹面鏡部材と凸面鏡部材との分離は実質的に、凹面鏡部材の曲率半径の<省略>から、基準軸からの物体位置の距離の自乗を凹面鏡部材の曲率半径の四倍で除した商を引いたものに等しい。」(第五頁第一二行ないし第一六行、第一三頁第一三行ないし第一七行にも同旨の記載がある。)、(ロ)「また、凹面鏡部材と凸面鏡部材との間の分離は実質的に、凹面鏡部材の曲率半径の<省略>に、光路に対する凹面鏡部材の縦の球面収差に等しい距離を加えたものに等しい。」(第五頁第一六行ないし第二〇行、第一三頁第一八行ないし第一四頁第一行にも同旨の記載がある。)との記載が認められる。
以上認定の補正明細書の記載によると、補正明細書には、凹面鏡部材と凹面鏡部材との間隔(分離)Lは、(イ)L≒<省略>-<省略>、(ロ)L≒<省略>+凹面鏡の縦の球面収差であることが記載されているが、この(イ)及び(ロ)には、凹面鏡部材と凸面鏡部材とが同心に保たれるか否か、いいかえると、凹面鏡部材と凸面鏡部材の曲率中心は一致するか否かについては何ら言及されてなく、しかも前掲甲第三号証によれば、補正明細書の特許請求の範囲には、原明細書の特許請求の範囲における「その曲率中心が一点に合致する」との点は削除されており、補正明細書には、凹面鏡部材と凸面鏡部材とが同心であることを要件とする記載は存しないことが認められる。
そうであれば、補正明細書に記載された発明は、凹面鏡部材と凸面鏡部材とが同心であることを構成要件としないものというべきである。
ところで、原明細書に記載された発明においては、前記認定のとおり、凹面鏡と凸面鏡とが同心であるという条件のもとに、凹面鏡と凸面鏡との間隔が<省略>であるときに、凸面鏡の半径を△Rcxすなわち、ΔRcx≒<省略>増加させるものであるから、その結果、凹面鏡と凸面鏡の間隔Lは、両面鏡が同心であるという条件のもとに、L≒<省略>-<省略>となるのに対し、補正明細書に記載された発明においては、前記認定のとおり、凹面鏡部材と凸面鏡部材の間隔Lは、両面鏡が同心であることを条件としないでL≒<省略>-<省略>、L≒<省略>+凹面鏡の縦の球面収差となるから、(ⅰ)凹面鏡部材と凸面鏡部材とは同心であつて、凸面鏡の半径を△Rcx増加させ、その結果、両面鏡部材の間隔Lは、L≒<省略>-<省略>となるものと(ⅱ)凸面鏡部材の曲率半径を変えることなく凸面鏡部材の位置を変えて(すなわち、凸面鏡部材の位置を△Rcxだけ凹面鏡に近づけて)凹面鏡部材と凸面鏡部材との間隔LをL≒<省略>-<省略>とするものを包含しているものである。しかるに、前記(ⅱ)は、凸面鏡部材の曲率半径を変えることなく、該部材の位置を変えるのであるから、当然のこととして、凸面鏡部材は凹面鏡部材に対して非同心となり、これが原明細書に記載されていないものであることは明らかである。
2(一) 原告は、原明細書の発明の詳細な説明(第七頁第七行ないし第一一行)の記載を援用して、「第2図の系において、高さHにおいてスチグマチツク結像を得るに必要な半径の変化△Rcx」を式で表せば、△Rcx≒H2/4RccRcx<省略>+<省略>であると記載されているから、前記二式からL≒<省略>-<省略>が導き出せ、この式を言葉で表現すれば、補正明細書の前記(イ)の記載になる、このL式を導き出し、この式を言葉で表現して補正明細書の前記(イ)のような記載にするために、L=Rcc-Rcx(すなわち、系が同心に保たれる)なる条件が設定されなければならないということはなく、したがつて、原明細書の発明の詳細な説明中の「その曲率中心が点Pで一致し」(第五頁第八行、第九行)、「系は同心に保たれる」(第七頁第三行、第四行)の各記載は、それぞれ「曲率中心がほぼ(実質的に)点Pで一致する」あるいは「系はほぼ(実質的に)同心に保たれる」の意であると解すべきである旨主張する。
原明細書の発明の詳細な説明中の第七頁第七行ないし第一一行の記載内容は、前記1(F)後段認定のとおりであり、該記載部分は、第2図(別紙図面(一)第2図参照)の系において、高さHにおいてスチグマチツク結像を得るため凸面鏡の半径Rcxを増加させる場合、式ΔRcx≒<省略>,Rcx≒<省略>+<省略>が成立するとしているものであるが、右式から凹面鏡と凸面鏡との間隔L≒<省略>-<省略>を導き出すためには、系が同心に保たれるという条件、すなわち、凹面鏡と凸面鏡との間隔Lは、L=Rcc-Rcxであるという条件が必要であつて、この条件がないと前記L式を導き出すことはできない。すなわち、前記L式は、右条件L=Rcc-RcxにRcx≒<省略>+<省略>を代入して得られるものであつて、ΔRcx≒<省略>,Rcx≒<省略>+<省略>から直ちにL≒<省略>-<省略>が得られるものでもない。したがつて、系が同心に保たれるという条件を伴う原明細書の前記第七頁第七行ないし第一一行の記載からはじめて導き出し得る前記L式を言葉で表現した場合、補正明細書の前記1(イ)の記載となるということは、補正明細書記載の発明が凹面鏡部材と凸面鏡部材とが同心であることを構成要件としないものである以上、是認できないし、原明細書中の原告摘示の「その曲率中心がほぼ(実質的に)点Pで一致し」、「系は同心に保たれる」の記載をもつて、「曲率中心がほぼ(実質的に)点Pで一致する」、「系はほぼ(実質的に)同心に保たれる」の意であると解することはできない。
この点に関し、原告は、原明細書の発明の詳細な説明(第八頁第一二行ないし第一九行)の記載は非同心の場合をも含むことを前提とするものである旨主張する。
前掲甲第二号証によれば、原明細書の発明の詳細な説明中第八頁第一二行ないし第一九行には、原告主張のとおり記載されていることが認められるが、右記載が系が同心に保たれることを前提としていることは、前記1認定のとおりであり、また、右記載中の「共役の焦点位置の誤差」とは、同心のもとに凸面鏡20の半径を凹面鏡の縦の三次球面収差だけ増加させて系を高さHでアフオーカルとした場合に生じる焦点位置(前側焦点位置と後側焦点位置)のずれ(誤差)を意味し、また、「共役の縦位置の誤差」とは、物点と像点との相対位置の変化を意味することが明らかであつて、右記載は、凸面鏡20の半径を右のとおり増加させて、系をアフオーカルとしたときに、「共役の焦点位置の誤差」、及び「共役の縦位置の誤差」が倍率に影響しないということを述べているにすぎず、Rcxが点Pから僅かに外れることを容認しているものではないから、原告の前記主張は理由がない。
(二) 次に、原告は、補正明細書の発明の詳細な説明中の「凹面鏡部材と凸面鏡部材との間の分離は実質的に、凹面鏡部材の曲率半径の<省略>に、光路に対する凹面鏡部材の縦の球面収差に等しい距離を加えたものに等しい。」との記載(前記1(ロ)の記載)はL=<省略>-<省略>を意味し、これは原明細書の発明の詳細な説明中の第八頁第一二行ないし第一五行の記載に含まれている旨主張する。
まず、原明細書の発明の詳細な説明中の第八頁第一二行ないし第一五行の記載内容は、前記1(G)認定のとおりであるが、前掲甲第二号証によれば、原明細書の右記載を含む第七頁第一六行ないし第八頁第一九行には、高さHでのスチグマチツク結像に必要な鏡20の凸面半径の増加は高さHで軸に対して平行な光線に対する凹面鏡の縦の三次球面収差に等しく、鏡20の凸面半径を右の三次球面収差に等しい分だけ増加させると、第2図の系は高さHでアフオーカルとなり、高さHで軸に対して平行に凹面鏡に入射した光線は同図のとおりの反射を行つて、凹面鏡から軸に平行に高さHで射出することに関する事項が記載されており、原告摘示の記載の前後記載部分はいずれも原図面第2図を引用していることが認められ、この第2図が系が同心に保たれることを条件とするものであることは、前記認定のとおりであるから、原告摘示の記載も系が同心に保たれることを当然の前提とするものであつて、このことは無関係であるとする原告の前記主張は採用できない。
さらに、原明細書の前記発明の詳細な説明中原告摘示の記載から補正明細書の前記1(ロ)の記載内容を意味するL≒<省略>-<省略>が得られるのは、前記1認定のとおり、凹面鏡と凸面鏡とが同心に保たれるという条件のもとに凸面鏡の半径を<省略>から<省略>+<省略>に増加させることによつてL≒<省略>-<省略>が導き出されるからであつて、両面鏡が同心に保たれることを条件としたものとはいえない前記補正明細書記載部分が前記原明細書の記載事項の表現の中に含まれるということはできない。
3 また、原告は、系が同心に保たれるか否かは、本願発明の目的、作用効果と無関係であるから、原明細書に非同心のものも記載されているとみることに何ら不都合はない旨主張するが、原明細書には同心に保たれることについてのみ記載され、系を同心に保たないことについては記載も示唆もないことは前記1認定のとおりであるから、原明細書の記載からは同心に保たれるか否かが本願発明の奏する作用効果に差異をもたらすか否か明らかでないばかりでなく、作用効果に差異がないことを理由に原明細書に記載されていない構成を実質上記載されているとみることはできないから、原告の前記主張は到底採用することができない。
4 以上のとおりであつて、本件補正却下決定が摘示した補正明細書中の実施例に関する前記1(イ)及び(ロ)認定の記載部分は、凸面鏡の曲率半径を変えずにその位置を変え、その結果凹面鏡部材と凸面鏡部材とが同心でないもの、すなわち両部材の曲率中心が一致しないものを含むものであり、このような事項は原明細書又は原図面に記載されておらず、かつその記載から自明のこととも認められず、したがつて、補正明細書に記載された特許請求の範囲は、原明細書に記載された事項の範囲内ではないから、本件補正をもつて明細書の要旨を変更したものとした本件補正却下決定には誤りはない。
三 よつて、本件補正却下決定の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編註その一〕 本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。
1 本件補正前の特許請求の範囲
その曲率中心が一点に合致する、少なくとも一つの凸面の球面鏡と少なくとも一つの凹面の球面鏡とを有し、物点を取囲む物区域の像点を取囲む像区域を形成する単位倍率の反射光学系において、鏡が系内で少なくとも三回の反射が得られるように共働関係に配置され、それぞれの鏡は上記の点にその軸共役点があり、鏡はそれぞれ、上記の一つの点を含む面内で単位倍率において二つの軸外共役区域を有し、該区域は各鏡に対して同じでありかつ系の像及び物区域であり、系の基準軸は上記面に対し垂直で上記の点を通り、物点と像点とは上記の一つの点から同じ距離Hにあることを特徴とする単位倍率の反射光学系
(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図画は左のとおりである。
別紙図面(一)
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